竹久夢二の作品の中でも一番のお気に入りは、やっぱり『黒船屋』
日光にある『竹久夢二美術館』の1階ロビーにもありました。

『近代美術シリーズ』の第8集で 『黒船屋』 が記念切手としてデビューした時、
当然購入しましたが、調べたら、なんと1980年10月27日の出来事でした。
そこまで年月が経過していたとは・・・

2006年09月19日
大正時代のイラストレーター竹久夢二
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竹久夢二の作品の中でも一番のお気に入りは、やっぱり『黒船屋』
日光にある『竹久夢二美術館』の1階ロビーにもありました。

『近代美術シリーズ』の第8集で 『黒船屋』 が記念切手としてデビューした時、
当然購入しましたが、調べたら、なんと1980年10月27日の出来事でした。
そこまで年月が経過していたとは・・・

夢二は僕も好きな作家で、悲しくはかないけれど、それを知った人のやさしさがあると今は思っています。当時よりも、今の方が、感じるものが多いような気がします。僕も歳を取ったのでしょうね(笑)。
私は、その昔、瀬戸内晴美(今の寂聴)の『鬼にすみか』を読んでいて、文中に出てくる『本郷菊富士ホテル』に惹かれていました。それは谷崎潤一郎や樋口一葉、そして竹久夢二もよく宿泊していた宿だったようで・・・。明治・大正のロマンが伝わってくるような気がしています。歳ですね(笑)
伊香保にも、美術館がありましたか。何年か前、高崎の実家から、オルゴールを聴きに行って、隣の夢二さんには会わないで帰ってきてしまいました。
でも、僕は文学青年ではありません ^^;。しいていえば、漱石の三四郎に出てくる野々宮さんと同じ建物で勉強をしていたというか・・(キャラクターは違って、むしろストレイシープ)。
昔話で言えば、かつて、駒場に学寮があってそこをサークルである自然科学研究会の部室にしていました。僕は、その部室に入り浸りで朝まで議論をしながらよく泊まったのですが、その部屋は、昔、芥川龍之介が住んでいたとの由。芥川の作品も好きでよく読んでいたので、肌で身近に感じられて嬉しかったのを覚えています。寮には大きなお風呂もあって、100円で入れてもらいました。その学寮も、今はありませんが・・
今、文学の薫りのするホテルというと少し新しいですが「山の上ホテル」でしょうか。10年以上前ですが、Webの原型であるハイパーテキストを1960年代に発明したTed Nelsonという友がいて、彼が終電が終わって帰れなくて困ったときに、このホテルを案内したことがあります。ハイパーテキストとアール・デコ調の文学のホテルという不思議な組み合わせですが、彼はとても喜んでくれたのを覚えています。
何歳になっても、ロマンは永遠に持ち続けたいですよね。
高崎からみるといい具合の連なり方に見えます。榛名湖からはきれいな富士山型に見えます。「榛名山」の絵は見てませんが、アトリエが湖畔にあったとの記事がありますので、おそらく後者なのでしょうか。
子ども頃は毎年、夏休みに遊びに行っていたような記憶があります。懐かしいですね。
夢二が描いた榛名山は、『遠山に寄す』というタイトルの絵が一番有名で、女性のしなやかなポーズが印象的です。添付のサイトの絵です。高いですね。http://www.k2.dion.ne.jp/~rom/yume-1.htm
この榛名の形は微妙ですね。僕が見慣れた高崎方向ではなく、ちょっと東に振った渋川方向からかもしれません。あるいは湖とは反対側、まさに伊香保側の林からですかね。左の稜線がロープウェイの下の登山路に似ていますので。いずれにしろ、しゃれたカップルであることは間違い有りません。